2006年12月25日月曜日

パズルゲームが好き

正月前の駆け込み仕事の合間に暇を見つけては「フラッピー」をやっております。こういう説明書不要なシンプルなパズルゲームが大好きさ。他には「バベルの塔」「ソロモンの鍵」やディスクの「エッガーランド」も同じたぐいで継続中ですが、いずれも中途半端なまま投げ散らかしております。

2006年12月24日日曜日

カセットテープ漁り

栗の日なのに帰郷しました。いや栗が為に緊急招集です。まま半ば嫌々ではあるものの帰郷には私なりの楽しみもありまして、それはカセットテープ漁り。わんさか出てくるんですよラジオの“エアチャック”が。奥さん知ってます?エアチャック。。。ラジオのスピーカーにテープデッキを近づけてCM明けに「はい、チェックッ!」ですよ。タイミングはずすと後世、いや末代まで後悔する大惨事になってしまうわけです。おかげで聴きたくもないキョンキョンのCM歌がザッピング的に入るわけです。ラジオ万歳。ジョンイルにもよろしく。で、ただ今掘り出したのは牧瀬里穂のラジオ番組。これがおぼこくて中々グッド。「捧げたい、あなたに」なんて曲を歌う自分に赤面しつつ紹介するあたりが、いやはや青春。捧げたいあなたにですよ。そりゃ当時なら・・・。

2006年12月17日日曜日

レトロな風を存分に浴びたい。

なんだか最近のゲームってものはそれなりに面白いんですが、烏滸がましいと云うか、五月蠅いと云うか・・・・。

去年の正月からゲームに再熱しての一年は「ICO」(少女と手を繋いで歩んで行くんだよ、温かいよ。優しくなれるよ。切ないよ。)「ワンダと巨像」(馬と歩んで行くんだよ。でも最後馬死んじゃうよ、切ないよ。)「大神」(ちっこい人“いっすん”と旅するんだよ。)以外まともに記憶になく、一定基準の世界観がないと進めない、と感じた次第。。

で、救いの窓を求めれば、過去に舞い戻るより手立てがなく、ツインファミコンとSuper CD-ROM2をネットオークションで購入しました。

私の育った家庭に於いて、唯一買ってもらった記憶があるのは発売間もないディスクシステムだったんです。クリスマスの当日親父が用意してくれたもの、後にも先にもコレっきり。。それも相まってディスクシステムには並々ならぬ想い出があるんです。

同時にソフト各種も購入しましたが、流石に今は安いけど当時の価格に換算すれば結構な大人買い。。「当時欲しくてたまらなかったから仕方ないかな。」「いずれもBGMがイイから仕方ないかな。」「そういう“時期”が来たんだな(おっさんなんだな)」と云う言い訳です。


  • パルテナの鏡
     難しいけどおもしろかった記憶、この映像だと11分20秒辺りで妙なことに・・・で、こういうスクリーン映像ってどうやって撮ってるんでしょうかね、AVに疎い私のとっては未知の世界。
  • 愛戦士ニコル
     ストーリーは忘れましたが感動した記憶あり。
  • ゼルダの伝説
     マジョリティに埋もれてあまりやったことないのでこの期にやってみようかと。
  • リンクの冒険
     同じくあまりやったことないのでこの期にやってみようかと。
  • 3Dホットラリー
     ものすごく頑張った記憶あり。
  • 新鬼ヶ島(前/後編)
     ほんとに感動した記憶あり。
  • ファミコン探偵倶楽部1(前/後編)
     どんでん返しに驚いた記憶あり。
  • ファミコン探偵倶楽部2(前/後編)
     同上。
  • 遊遊記(前/後編)
     あまり記憶なし。だけどCMの印象が濃いのでこの期にやってみようかと。


CD-ROM2は中3の時に友人のソフトをカリパクして売りさばきながら資金調達し購入しました。後で返却を催促された際の“すっとぼけ”は記憶にあまる限りです。。
(※当時買ったのはこれ。)
そんな詐欺まがいの成り上がりはスーパーファミコンに明け暮れる小市民を尻目に独りCD-ROM2をやって“悦の境地”を堪能していたのでした。

2006年12月16日土曜日

CDウォークマンがやはり・・・

予告通り、やっぱり一年でイカレました。ホントにちょうど一年ですよ・・・なんなんでしょうかこのメーカーは・・・落ち目もここまで来ると飽きれます。流石に次回はiPodを考えてみたりしますが、相変わらず生活がCD/レコードベースなのでまた同じ物を買い直すより選択の余地が無い気がします。後は衝動に任せます。

2006年12月14日木曜日

PCエンジンの想い出。

天外魔境ZIRIA」と「イース1・2」。これらをやってから一年ほどはアニメオタクの道を歩んでました・・・・今では別の意味でオタクになっています。ゲーム用CD-ROMですが普通のCDプレイヤーでも再生できる為、いまでも手元にあったり。
「天外魔境ZIRIA」は音楽の一部が坂本龍一、主人公の声が大友克洋「AKIRA」の金田正太郎役の人、ということで買った記憶があります。
当時中学一年生、YMOAKIRAにゾッコンでクラスの大半がBOOWYにお熱を上げている中、僕一人散解して10年も経っていたYMOの普及活動を続け、白い肩掛け鞄には当然の様に「YMO」と記し、坊主頭にもめげず、ウッチャリ(もみ上げ)を斜めに刈り込み“テクノカット”を決め込んでいるイタイ少年でした。また、漫画にしてもヤングマガジンのAKIRAのページだけ切り抜いて勝手に単行本化していたのを思い返すと現在に至るスクラップ癖もこの頃に端を発するのではないかと思います。

で、ゲームの話しに戻ると「イース」は以前友人の父が所有していたNECのPC88でやったことがあり追体験的に遊んでいました。動きが気持ち悪いゲーム「プリンス・オブ・ペルシャ」の初代などもやった気がします(あ、初めてエロゲームをやったのもこの友人宅であることも特記しておきます・・)。この友人はX68000(この筐体がすこぶるかっこよい)なども持ってました。
PCオタクの走り的な彼と共に僕も親父の勤め先の関係でTOSHIBAの初代DynaBookの試作機を貰った記憶がありますが、その彼無しにはうんともすんとも動かせなかった想い出があります。


いずれも音楽がなかなか素敵なことに気づきつつ、結局はゲームの内容よりむしろ音楽の好みで愉しんでいたんだなーと感じます。

2006年12月8日金曜日

宅配ピザでも

11月中旬から活動が滞っていた私の胃袋。一ヶ月経ってようやく機能が回復してきたようなので、調子に乗って宅配ピザを注文した。Mサイズ+チキン2つを丸ごと完食できたのもの、あと一時間したら胃痛になること必至・・・・・怖い・・・・。

2006年12月7日木曜日

DVDまとめ買い

仕事の途中で立ち寄った新宿7丁目のレコ屋街をハシゴしてDVDをいっぱい買いました。まずは『細野晴臣&東京シャイネスのDVD』歌うハリー三昧でファンにはたまらない。当然スペシャルセット版を購入。本編DVDよりおまけDVDの方が好み。続いては『フランク・ザッパのブートDVD』1978年のサタデーナイトライブの模様、「ダンシングフール」ザッパは映像で観るとよりカッコイイー。30年前の写しにしては画質もいいし、文句なしの逸品!。『カンサスのブートDVD』は今年のライブ、TVショットを収録。『ザ・スミスのブートDVD』は1984年、ドイツハンブルクでのライブ。一応プロショットですが画質悪し。『パットメセニー・グループのブートDVD』は去年のモントリオールジャズフェスティバルのTVショットを収録。あとはニューオーダーや電気グルーヴなどに加え、NHKのドキュメンタリーや世界遺産的な延々風景が映されているもの、ディスカバリーチャンネルの生物ものなど、両手に余る買い物をしてしまいました。

2006年12月6日水曜日

STAXのイヤースピーカー

STAX SRS-3000STAX SRS-3000(イヤースピーカーSR-202+ドライバーユニットSRM-300)を購入。家でまともにCDを聴く機器が無い為、CDウォークマンを使っているのにSTAXとは如何せん贅沢な気分です。3時間程連続装着状態を維持していますが、耳疲れがないですね。非常にクリアーで素直な音で響くようです、バランスも良いのか小音量でも十分。今まで使っていたヘッドフォンも粗悪なものでは無いのですが、こんなに違うものなんですね。いい値段しましたが有意義な買い物でした。

2006年11月14日火曜日

ハックルベリー・フィンの冒険(上/下)

ちょうど一ヶ月かけて「不思議な島のフローネ」DVD全12巻を観終えました。至極素敵なお話で、挿入曲の小気味よさも印象的でした。

して、現在通勤には「ハックルベリー・フィンの冒険」を十余年ぶりに読み返しています。私らの世代では児童文学の様な扱いをされていますが、三十路前の大人になって読み返してみても愉しい作品に変わりはありません。本編と云われる「トム・ソーヤの冒険」よりもバックルベリーの一人称の語りで進んでいく本ストーリーは引き込まれ易く、読み手ながらも一対一の対話の様。

ここ数ヶ月こういった冒険譚に意識が働いているようです。

2006年11月11日土曜日

エスパー魔美の特異な親子関係

思春期の娘が親の面前で乳房をさらけ出す。ポンポコがチ○ポコだったら。“気になる関係”のタカハタさんともこうは行くまい。

2006年10月30日月曜日

澁澤邸で四谷シモン語る

人形作家 四谷シモンが北鎌倉の澁澤邸で自作や澁澤氏についてなど語っている映像があるんですね(しかも語り口調は森本レオ風)。しかしこの澁澤邸は恰も脳裡に浮かぶ情景がそのまま出現してしまったかのようです。その道で蘊奥を極めた方のプライベート空間というのはさもこうなるのでしょうか。

澁澤邸の一枚の絵から

金子宅アトリエでのインタビューにスウィッチ、エロティシズムで繋がる澁澤龍彦との関係について。あくまで個人的な事ですが、装幀に関して金子國義や横尾忠則は好みではありません。ページを捲る前から強烈なイメージを植え込まれてしまうので、買うには良いですが読むのは辛いのです。

2006年10月24日火曜日

新しいキーボードで音遊び

時間をみては音遊びに興じる習慣は相も変わらず続いています。アカデミックな教育は受けていないものの常に琴・三味線・尺八など邦楽が流れる環境で育った身としては自然な傾倒なのかもしれません。

2006年の年明けに仕事の入り用でこのYAMAHA S90ESデモ映像)と云う無骨なキーボードを購入してからは思い浮かぶ構想も専らリベラルなピアノ曲ばかり。今は誰に聴かせる当てもない長尺の独奏曲(20分強予定)を書き進めているのですが、着手から二ヶ月かかっても尚未完のままです・・・。

思えば、14歳の頃中古でYAMAHA DX7、一年後にKORG M1を買ってから15年もこうして音と戯れていることになります。一時はキーボード数台とラック音源、エフェクター、サンプラー等の機材群で六畳一間が埋め尽くされる状態までに膨れあがり収拾がつかない状態に陥りましたが、時と共にひどくシンプルになったものです。部屋の押し入れにはその名残がいくつか眠っていますが今後しばらくはこのキーボード一台とソプラノ・クラリネット、アルト・クラリネットそして数種の吹き物で十分な気がしています。

2006年10月23日月曜日

にゃんこ先生のお出迎え

気分が高揚していると“にゃんこ先生”は椅子に座って出迎えてくれます(→)。そして帰宅したばかりの私を捕まえ必ず遊びを催促します。15分程、羽付きの釣り竿を這わせたり、ビニール袋を投げつけたりすることで気も晴れるのでしょう、悠々と外に出て行くのです。
一方(→)、このようにベッドに鎮座している時はやる気がない時。この後もしばらくは微動だにしません・・・。

2006年10月22日日曜日

死去70年

日が変わり、魯迅死去70年のこの日、埃のかぶっていた『野草』と『評論集』を引っ張り出し、布団の中で読み返してみようと思う。

そういえば、猫を穂でベシベシといじめる魯迅ですが、この動物を伴侶とする習慣が無いお国柄ゆえ仕方のない事なんでしょうかね・・・

2006年10月18日水曜日

現実逃避にゲームでも。

同時並行で重なる案件と4月から遅れる入金で釈然としない日々の中、数ヶ月前に近所の腐りかけのゲーム屋で買っておいた『ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔』をちょこちょこやっている。試験前日に部屋の模様替えをしていたあの頃のような現実逃避。十余年間成長なし・・・ということでしょうか。

2006年10月17日火曜日

寝起き、仕事前に

昨晩仕事が遅くなり、明け方就寝し軒先の鳥達の喧嘩で昼過ぎに起こされた。寝起き一発目にジョン・アダムス/I Was Looking At The Ceiling And Then I Saw The Skyをかけるが今イチ風情にあわない。お気に入りの1,2曲目と13曲目、そして最後の15曲目だけを摘み聴きしていたら、今度はハイトーンで猫が起きる始末。

さぁ 風呂に入って、仕事に行こう。

2006年10月14日土曜日

マルコからフローネへと紡がれる愛

晩飯も食い終わったころ、突如友人が遊びに来るとの事で井の頭公園まで迎えに行き、しばしお話した後フォレスとグルミットの映画を観て寝る。。寝る。。zZzZ....

翌朝見送りついでに吉祥寺へ出て昼飯を頂き、帰宅後仕事開始。一段落した所で独りで「ふしぎな島のフローネ」を観始める。先日まで観ていた「母を訪ねて三千里」は見終わってしまった。さようならマルコ・・・マルコ・ロッシや。。

2006年10月11日水曜日

半身浴のお供に相応しい音楽

男のくせに半身浴が好きで最長8時間も風呂で入りっぱなしだった事もある私でございますが、今日は高橋アキ プレイズ モートン・フェルドマンを聴きながらのご入浴でした。
蝋燭の灯る浴槽に沁みる配列、不協のアルペジオとでも申しましょうか、至極合いますね、揺らぎと陰の織りなすなんとやら。ゆらゆらしてますよ、ゆらゆら。そのまま狭く浅い泥沼に身半分埋もれている私とピアノ。

2006年10月10日火曜日

天を突く針山と息絶える迄の時間

駅のホームから望むビル群、
その屋上にはいずれも天を突かんとする程の突起が連なっていることに気付く。
避雷針だ。

日常の様に目にしている事物にあらためて注目してみるのもいい。
こうしたもの達のおかげて平生死を“意識”しないで、
息絶える迄の時間が延びてゆく事にも気づかずに居られるんだろう。

よく云われる話しですが、私も煙草を吸い始めた頃、吸う度に便意を催していた気がします。
それから十余年経った今となっては別段この症状を起こすこともありませんが、
体内に進入してきた“悪しき者”を外部へ排除しようとして体が反応するんでしょうね。
その煽りをくって菊の門からもトド黒い固まりをが顔を覗かせてしまうんじゃないだろうか、と。

勝手な想像を膨らまし、それに納得してみる一日でした。

2006年10月9日月曜日

夢の中の怪人と呪文

また夢に出てきた。怪人クーコッツ。
怪人クーコッツとは僕の夢にもう二十年以上頻繁に登場せる怪物でして、顔はアナログ時計、体はガス管の様な出で立ちで、人々を追い回すのです。
いつからともなく登場し、いつからともなくそう読んでいる怪物です。

夢判断でなにか分かるかも知れませんが、知らない方がいいですね、こういうのは。

それと永い付き合いと云えば、お腹が痛いときに唱える“呪文”みたいなものもあります。
頭の中でこれを唱え続けるとス〜っと痛みが引いていくのです(実際には気が落ち着くだけだと思いますが)。こういった二十年以上の続く自分の中の“何者”かとの対話は大切にしたいと思っています。

2006年10月8日日曜日

晴れ上がりの公園、神田川最上流にて

堀辰雄三連休初日、徹夜明けの早朝、井の頭公園にて堀辰雄の「菜穂子」を一頻り読み終えた。
この作品は昭和16年(1941年)の二次対戦最中に発表された作品。
本来気入れするのであれば、都筑明(つづきあきら)や菜穂子の旦那、圭介であろうが何故か菜穂子の素行が自分と妙にダブる・・・・・何故だろう。
尤も女性的男性的と云うある種の二元的見方があるとすれば、私は女性的と言わざるを得ない。
その定義の差異は個々人で大く変わると思うが、自分の中の定義、その像から照らしてみると明らかに「女性的」なのである。詳細はここでは触れないが。

ここで一端帰宅し、窓から差し込む日照りを背に就寝。

吉岡実『“死児”という絵』起床後、晩飯がてら外出するついでに神田川最上流のベンチに腰掛け、吉岡実『“死児”という絵』を読み始めた。77年から79年まで「新潮」「群像」「文学界」などに掲載された随筆をまとめたものだ。この随筆を読む限り、無責任人生を地で行く私にとってはこの吉岡さんの夫婦関係は理想的に映る。この夫婦関係は素敵だな、と素直に感じてしまうのだ。

その後、公園を半周し、駅方面に足を伸はした先でカレーを食べ、服を買い、日用品も買い、帰宅。

2006年10月5日木曜日

にゃんこ先生、御寛ぎの様子

にゃんこ先生、御寛ぎの様子その猫とは近所の路地裏で出逢った。
まるでずっと一緒に居たかのように振る舞うの猫だった。

少し撫でてから野草の穂でジャレ遊び、“またね”とお別れを言い残し、背を向けて歩き出してからしばし、小さな鈴の音が街灯影をかすめるのに気づきました。
彼は暴風時の隣り合う枝のように、時に遠ざかり、時にぶつかりを繰り返しながらそのままアパートの戸口までついて来てしまいました。
この時そんな彼を愛おしく思ったのですが、同時にそう思わせるのが彼の活きる術であることを感じ、少し切なくもなりました。
人を忌み嫌いゴミ箱を漁る生粋の野良もいれば、人に取り入り愛想で網をかける猫もいる、それに向かう人の構えもまたそれぞれなのです。

にゃんこ先生、御寛ぎの様子 当初首輪をしていたので所謂「外猫さん」かと思いご飯は控えて“お家へお帰りよ”と帰宅を促したのですが、それから数日間毎晩のように部屋の戸口に座り込んでいました。
私の帰宅が深夜になって“流石に今日は・・・”と想いを馳せている間にも彼はじっとそこに座っているのです。
そして私の姿を見るなり何ごとも無かったかの様にすくっと立ち上がり身体を擦り寄せ鳴き声をあげます。
路地裏での出逢いと同様、まるでずっと一緒に居たかのように振る舞う姿に変わりはありません。
そんな彼の様子を日々意識的に眺めていると、その素行は明らかに「外猫さん」と呼べるに至らず、
結局「迷子猫さん」として預かることにしました。しばらくは二人三脚でいろいろな事を学ばなければなりません。
何故なら私は猫と共に暮らした経験が全く無いのです。

預かるにあたって匿名では共修の糸口すらも憚(はばか)られる為、臀部(でんぶ)を振って歩く姿から「肛門ちゃん」と仮の名を冠することにしました。

にゃんこ先生、御寛ぎの様子一夜明け翌日の昼過ぎ、猫用シャンプーやトイレ用品などを揃える為、路地を往来する人々に可愛がられる肛門ちゃんを居残し、私は動物用品店に向いました。
早速店員教示の基、必要なものをカゴに入れながら店内をウロウロしていると、奥まった所に何やら賑やかなスペースが設けられているのに気づきました。
近寄ってみるとそこは動物用品店に在るべき場面となったショーケースと、そこに“陳列”された仔犬仔猫達の姿がありました。
品種や血統にはじまり、性格、好物、去勢状態などさまざまな付加価値が挙げられ、銘標もなく商品化されてゆく彼らを私は凝視することが出来ませんでした。
これが人なら大問題となろうものでしょうが、それが商いの名の下に秩序として取り込まれた時から精査的差別志向はより根深くなり
偽善面した人々は○○の一つ覚えのごとく「動物も同じ命です。責任を持って飼いましょう。」と標を掲げ、
生命の平等を訴えます。店員しかり客しかり、ここにジキルとハイドが隠れていようとは微塵も考えていないのでしょうか。

親で在れば大抵「動物を愛するやさしい子に育って欲しい」と思うものかもしれませんが、
こういった現場を大いなるプレイランドとして勘違いし、そこに愛する我が子を引き込まんとする意識が末代まで世襲されて行く現実は末恐ろしい事態であり、
この事態を人に置き換えてみれば、最近に至りインドや中国などのアジア諸国で奴隷売買、人身売買が「養子」と名を変え続けられている事実が黙認されている事実に対し、避難を浴びせる権利はすでに無いはずです。

また、人の都合による異種交配も然りで、このDNA操作まがいの行為が平然と行われていること、こういった事柄こそが崇高なる矛盾の結果であると思うのです。

この現場を騒がしい我が子の「パンと見せ物」状態で抑する。

つらつらと御託を並べましたが要するに
「そんなところで買うより、野良犬、野良猫を預かって下さい。それが生産的な日常のあるべき姿であり、それが隣り合わせの生命を疎うことです。」
と云いたいだけです。


2006年1月4日水曜日

正月が過ぎ、今日から事務所にて仕事再開。

今年の正月はPS2「ico」「ワンダと巨像」「イース1/2 Eternal」等、しこたまゲーム三昧で終わってしまった気がします・・・一本もやり遂げていないのですが・・・。
去年の夏に家電量販店で「MYST5 Reveration:MacOSX」を見かけ、綺麗な絵はもとよりその世界観にまいってしまい衝動買いしたことでゲーム熱が徐々に暖まり、転じてこの正月にはTVゲームがしたいなと云う衝動にもかられ、友人から半ば無理矢理PS2を安く譲ってもらった次第です。

ゲームにはまるのは何年ぶりでしょうか、一人暮らしを初めて十余年経ちますが、実家を出て以来ゲームはほとんどやっていません。にもかかわらずPS2を譲り受けて一週間も経たない内にソフトが15本を超えています・・・。大人になったものだと実感せざるを得ません。(しかし未開封多し)

まともにゲームをし始めたのは1989年頃と記憶しています。
それまでファミコンがありましたが然したる記憶は87'sのディスクシステムの「新・鬼ヶ島」「パルテナの鏡」くらいのもので、僕にとってのゲームは89'sころ発売された「PCエンジンCD-ROM2」で当時7万円ほどの高価なハードと記憶していますが、友人達の飽たカセットを安価で譲り受けては中古店や別の友人に転売するという商い根性で資金を捻出した記憶がおぼろげにあります、多分御縄になるようなことはしていないと思います。たぶん、たぶん・・・してたら、ごめんなさい。

それはさておき、想い出のゲームは「天外魔境ZIRIA」と「イース1/2」。
「天外魔境ZIRIA」は音楽が坂本龍一、主人公の声が大友克洋「AKIRA」の金田正太郎役の人、ということで買った記憶があります。
当時中学一年生、YMOとAKIRAにゾッコンでクラスの大半がBOOWYにお熱を上げている中、僕は一人で散解して10年も経っていたYMOの普及活動を続け、白い肩掛け鞄には当然の様に「YMO」と記し、坊主頭にもめげず、もみ上げを斜めに刈り込み“テクノカット”を決め込んでいるイタイ少年だったでした。また、漫画にしてもヤングマガジンのAKIRAのページだけ切り抜いて勝手に単行本化していたのを思い返すと現在に至るスクラップ癖もこの頃に端を発するのではないかと思います。高尚な段に持ち上げればヴェルター・ベンヤミン「パサージュ論」さながらで僕の目標は図書館を持ちたいと云う様な気もします。

ゲームの話しに戻ると「イース」は以前友人の父が所有していたNECのPC88でやったことがあり追体験的に遊んでいました。動きが気持ち悪いゲーム「プリンス・オブ・ペルシャ」の初代などもやった気がします(あ、初めてエロゲームをやったのもこの友人宅であることも特記しておきます・・)。
この友人はX68000なども持ってましたね。

いずれも音楽がなかなか素敵なことに気づきます。
結局僕はゲームの内容よりむしろ音楽の好みで愉しんでいたんだなーと感じます。

高校に入学してからは部活(サッカー)が忙しく、また音楽的趣味が肥大化てゲームは一切やらなくなったのでした。

2006年1月3日火曜日

HI調理器(一口)を購入

ガスコンロも当然捨てがたいのですが、なんとなくHIも使ってみたかったので、amadanaのHI調理器(一口)を購入しました。
ところが、いままで使っていたフライパンや鍋がことごとく使えない事実が判明・・。
あえなく銅製のものを購入したのですが、これも使えず・・・。
説明書を読むと銅はダメらしい・・・電気が通るものならなんでもいいんじゃないか、という浅はかな考えが裏目にでてしまいました。でもこの銅製のフライパンと鍋は見た目がかっこいいのでそのままキッチンの壁にかけて観賞用にできたので幾分気持ちは収まります。

後日鉄製の一式をそろえる。
すごく重たく朝っぱらからこのフライパンで目玉焼きを作る気にはなれない・・・。

結局、HI調理器の以外にも相当の出費をしてしまいました・・・。

磁石が付くフライパンならいいんですね。
今度買いに行くときは磁石持参でいきます。

ちなみに僕は、ほとんど料理はしません・・・
根本的に食に対して興味がないみたいです。

2006年1月1日日曜日

つくばエキスプレス線に乗る。

終点まで45分の旅路だが1200円弱とその運賃はお高め。

秋葉原まで行き、今年最初の買い物をする。
「ico」「イース1/2 Eternal」そしていまさら「CDウォークマン」を買う。
IPOTなどでもよかったんですが、いちいちPCに落とし込んむのが面倒だし、
買ったばかりのCDを聴きながら帰る喜びが得られないのでやっぱりCDウォークマンがいい。
(だけど一年弱で壊れてしまうのが難点。)

柴犬の供養

明けて初日、実家に帰郷し年末に亡くなった柴犬の供養をする。
亡くなる前日まで普通に歩いていたそうだ。
十五年余りの永い生涯、庭をかけずり回っている姿が今でも瞼に焼き付いている。
両親がどこかの墓地に永代供養したらしいが、そんな人間じみた供養よりも昔僕が実家に居たときに散歩コースにしていた裏山に埋めてあげたいと思った。(地主さんには申し訳ないけど・・・。)
毎夕の散歩時にはそこで手綱を外し、僕はサッカーの練習をし、彼は茂みをかき分け泥だらけで木陰から顔の覗かせていたものだ。でももう居ない。